遮断機のない踏切については、今年4月から、死亡事故に限り、運輸安全委員会の事故調査対象に加えられた。
4月以降、運輸安全委員会は、8件の鉄道事故に事故調査官を派遣している。残念ながら、その うち6件は踏切事故である。また、5件は、遮断機のない踏切で起きた死亡事故である。
JR東海飯田線湯沢踏切の事故調査報告書(以下、報告書と略)については、運輸安全委員会のホームページで公表されている。報告書を読んで感じた疑問点を挙げてみたい。
今年4月12日、長野県飯田市にあるJR飯田線湯沢踏切(第4種、警報機・遮断機なし、以下湯沢踏切と略)で、近くに住む男性の運転する農耕トラクタ(以下、トラクタと略)と、飯田線天竜峡駅発中央線茅野駅行の下り普通列車(2両編成)が衝突し、運転していた男性が亡くなった。
報告書の「4原因」(7ページ)では、事故が、男性が「小型特殊自動車の通行が禁止されている湯沢踏切道に、トラクタが侵入したものの通過しきれず、列車と衝突したことにより発生したものと考えられる」と書かれている。
また、報告書「4原因」では、列車が湯沢踏切に接近していることに気付かずに運転者がトラクタを踏切に進入させたのは、湯沢踏切の幅員が狭く、通常はトラクタで通行しない踏切道であったことから、運転者が運転に意識が集中していたことが影響した可能性があると考えられるという。
1. なぜ、トラクターの運転者は踏切を渡ったのか?
報告書3ページで、湯沢踏切の交通規制について、事故当時、異なる標識があったことを指摘している。
踏切の両脇には、「二輪の自動車以外の自動車通行止め」の標識が設置されている。一方、湯沢踏切の20m手前、踏切を通る市道と県道との交差点には、「二輪の自動車以外の自動車通行止め、小特を除く」の規制予告を表示する指示標識が設置されていた。「小特」とは、小型特殊自動車のことで、農耕トラクタも含まれる。
しかし、自動車通行禁止であるなら、踏切の入口にポールなどを設置して、自動車が進入できないようにすべきだと思うが、事故当時は設置されていなかった。報告書には、道路管理者が再発防止策として、事故後今年9月に金属製の杭を設置したとある。
JR東海飯田線湯沢踏切。男性はこちら側から、トラクタに乗って踏切に入って
渡ろうとしていた。柵があるので、斜めに入らねばならない。2014年4月29日撮影 |
報告書4ページには、この指示標識が、踏切に設置されている標識と相違した表示であることから、本事故後に、この標識は撤去されたとあるが、どうしてこのような矛盾する表示がされていたのか、報告書には記述がない。
信濃毎日新聞の報道によると、どのような経緯で異なる規制が表示されたのか、飯田署や長野県警に取材したが、警察ではわからないとの返答だった。
報告書では、亡くなったトラクタの運転者がトラクターの通行禁止を知っていたかどうかはわからないとしている。
事故がなぜ起きたのかを考える上で、交通規制がどうなっていたのかという点は重要なことだと思う。
一人の人間の命が関わっているのだ。いつから、異なる交通規制の表示があったのか、もし調査したのなら記載されるべきだし、調査していないのなら調査すべきだと思う。
2. なぜ、トラクターの運転者は列車を確認できなかったのか?
報告書の中で、湯沢踏切から列車の来た方の見通しについて、調査した結果が記されている。
湯沢踏切付近は半径400mの右曲線(列車の進行方向に対して、以下、左右は列車の進行方向に対して)で、列車からすると線路は下り坂である。同踏切の左側は、市道が踏切で左に曲がり上り坂になっている。そのため、トラクタの男性が来た踏切左側から、列車の来た伊那上郷方面を見ると、この坂道が邪魔をして見通しが悪い。
湯沢踏切の周辺図と事故現場略図。豊橋を起点として
距離が書かれているので、わかりにくい。
図の中に本文中で説明されているポイントを記入するとよい。
(図は、運輸安全委員会事故調査報告書よりコピー)
|
報告書には、踏切の左側から伊那上郷駅方面を見た列車見通距離は、150mとある。また、トラクタが進んだとされる経路上で、もっとも列車を見通せる位置についても検討している。6ページには、トラクターが列車と衝突した踏切右レール上から約10m手前の位置付近が、最も列車の見通しがよいが、トラクタがその位置にいたとき、列車は踏切から約370m付近を走行していたから、トラクタの運転者は、接近する列車を確認することはできなかったものと考えられると指摘している。
トラクタの運転者が、近づく列車に気が付かなかったのではなく、そもそも踏切から見える位置に列車が来ていなかったのである。
湯沢踏切の入口に立って、列車の来た伊那上郷駅方向を見る。
左には草が茂り、右側には鉄塔があって、列車の来た方角は
上り坂になっており、見えにくい。150mほど先に、警報機・
遮断機のある第1種踏切の唐沢踏切がある。2014年4月29日撮影 |
唐沢踏切から見た湯沢踏切方面。下り坂になっている。列車の運転士は、
踏切手前70mあたりで、湯沢踏切にトラクターに乗った男性がいることに
気付いたという。唐沢踏切と湯沢踏切は150mほど離れている。
報告書によると、運転士からの踏切見通しは40m。 2014年4月29日撮影
|
3. なぜ、トラクタは踏切内に取り残されたのか?
①湯沢踏切の入口には踏切注意柵があるため、トラクタは斜めに踏切に進入する。そのため、踏切を斜めに横断することになる。ななめに横断すると、レールに車輪がはさまったり、ハンドルをとられやすい。
②湯沢踏切に接続する道路は市道で、舗装されていない。踏切には、レールをまたぐ幅1.8m長さ2mの敷板が敷設されているが、敷板が短く、敷板と市道までの間はバラストと呼ばれる砕石が敷かれている。市道と踏切の敷板との間がゴロゴロとした石では歩きにくいし、トラクタでは、ハンドルをとられやすいと思う。
③幅が1.8m、長さ2mしか敷板のない踏切を渡るには注意が必要だ。トラクタ本体と田畑の耕うんを行うロータリー装置を含め、トラクタの全長は3.2m、全幅1.40m、全高1.24mある。トラクタが脱輪しないように速度を落としてゆっくりと渡らねばならない。
報告書によると、トラクタの運転者は、変速レバーが前進2段(時速1.62km、秒速約0.45m)と、速度を落として踏切に入っている。男性は、踏切をゆっくりと慎重に渡っていたのだろうと思う。 トラクタの最高速度は前進6段(時速12.56km、秒速約3.49m)だが、走行中に変速できない構造だった。
列車の汽笛を聞いた男性は、間近に迫っている列車に気付き、どれほどの恐怖を覚えたことだろうか。当時の男性の心境を思うと、やりきれない。
男性は、こちらからトラクタで踏切を渡ろうとした。敷板と市道の間は
舗装されていない。ゴロゴロとした砕石が敷かれ、渡りにくい。
2014年4月29日撮影
|
4. 運転者に唐沢踏切の警報音は聞こえただろうか?
報告書5ページには、湯沢踏切の手前150mにある唐沢踏切(第1種、警報機・遮断機あり)と、約100m先にある座光寺踏切(第1種、警報機・遮断機あり)の両踏切の警報音は、湯沢踏切で聞くことができたとある。また、座光寺踏切の全方位型警報灯が明滅するのが見えたと記述されている。
湯沢踏切を通行する者は、湯沢踏切に警報機がなくても、列車の来た方角150m先にある唐沢踏切の警報音や、元善光寺方向100m先にある座光寺踏切の警報音と警報灯の明滅を見て、列車の接近に気付かなくてはいけないとうことだろうか?
また、報告書によると、この湯沢踏切手前の付近は住宅があることから、第4種踏切の手前では汽笛合図を行うことを指示する標識が、設置されていないという。
つまり、湯沢踏切の手前では、列車の接近を知らせる汽笛が鳴らされない。列車の接近を知るには、湯沢踏切の付近にある唐沢踏切や、座光寺踏切の警報音などに頼らなくてはならないということだ。
警報機や遮断機のない踏切では、どちらから列車が来るのかわからない。湯沢踏切のような列車の来る方角が見通しの悪いところでは、踏切通行者にとっては列車の接近していることが、列車の運転士にとっては踏切の異常事態がわからず、危険だと思う。
湯沢踏切から元善光寺駅方面を見る。100mほど先に警報機・遮断機のある
座光寺踏切がある。 2014年4月29日撮影
|
遮断機のない踏切で事故調査を開始するにあたり、運輸安全委員会の後藤委員長は、3月26日の会見で「運輸安全委員会としては、原因究明のための適確な調査を行うことで、踏切障害事故の再発防止及び被害軽減に寄与して参りたい」と語っていた。
遮断機のない踏切で事故調査が開始され、踏切事故の実態が広く一般に知られることになった。踏切事故を無くしていくために、さまざまな分野の方々の知見と英知が集まることを期待したい。
≪参考≫
運輸安全委員会ホームページ「RA2014-9 鉄道事故調査報告書 Ⅲ 東海旅客鉄道株式会社 飯田線 伊那上郷駅~元善光寺駅間 踏切障害事故 平成26年10月30日」
http://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/RA2014-9-3.pdf
拙ブログ、湯沢踏切については
「遮断機のない踏切で事故調査~JR飯田線湯沢踏切」2014年4月30日
http://tomosibi.blogspot.jp/2014/04/jr_30.html
≪参考記事≫
「トラクター進入 内容違う2標識 飯田署事故後に1つ撤去」信濃毎日新聞2014年10月31日付
0 件のコメント:
コメントを投稿