2013年2月22日金曜日

明石歩道橋事故、神戸地裁で「免訴」の判決

 2001年7月21日、兵庫県明石市朝霧駅の歩道橋で、明石市主催の花火大会会場に向かおうとする人たちと駅に向かおうとする人たちが歩道橋の上に集中し、群衆雪崩が発生した。子ども9人を含む11名が死亡、247名が負傷した。
  歩道橋は、朝霧駅を出てすぐ、国道を跨いで造られており、幅6m長さ100mほどある。歩道橋を、朝霧駅から大蔵海岸の方へ向って歩いていくと、歩道橋を下りる階段は右片側にしかなく、階段の幅も3mと、橋よりも幅が狭くなるボトルネック構造である。そのため、一つしかない階段に人が集中し、歩道橋の踊り場には当時花火見物をする人が滞留し、駅から来る通行人と夜店が立ち並ぶ歩道から階段を上がってくる人とで、身動きが取れない状況になった。事故当時、橋の上には、1平方メートル当たりに13~16人の人が集中。雑踏警備では、1平方メートル当たり6~7人の密集状態になると、分断規制の対応をとるのが常識だという。
国道から見た明石歩道橋 左側に朝霧駅がある。右側に幅3mの階段がある。
                           2007年7月撮影
花火大会当時、花火大会を主催した明石市と警備を担当した明石署や警備会社は、駅から花火大会会場に向かう人を分断したり、入場制限する規制をしなかったため、歩道橋に異常に人が集中、群衆雪崩を生じさせた。
 朝霧駅から、大蔵海岸に向かう迂回路もあった。元明石署長や元副署長らは、そういった誘導等をする警備計画をつくらなかったし、当日も、明石署内のモニター画面や無線で花火大会会場や歩道橋の様子を把握できたのに、現場の担当者への雑踏事故防止の指示を怠った。

 この明石歩道橋事故の7か月前の2000年12月31日、 同じ会場で行われたカウントダウンイベントの際、歩道橋の上では、異常な密集状態となって、雑踏事故の一歩手前だった。民事裁判判決では、元明石署署長らがこのときの雑踏警備計画を見直し、7月の花火大会の際に、分断規制や入場規制などの雑踏事故防止の対策をとっていれば事故を防止できたと指摘している。

 検察は、検察審査会が「起訴相当」の判断を2回出したにもかかわらず、元明石署長や副署長らを不起訴としてきた。しかし、2010年4月、神戸第2検察審査会の「起訴議決」を受けて、全国で初めて指定弁護士によって、元明石署副署長が強制起訴された。(なお、元明石署長は2007年に死去している)

 今日2月20日、事故から11年7か月たって、ようやく当時の責任者が裁かれるかと思われた。しかし、神戸地方裁判所の奥田哲也裁判長は、「被告の過失は認められない」としたうえで、起訴時点で公訴時効が成立していたとして、有罪か無罪かの判断をせずに、裁判を打ち切る「免訴」(求刑禁錮3年6カ月)を言い渡した。

 検察役である指定弁護士は、「共犯者の裁判中は時効の進行が停止する」との刑事訴訟法の規定に基づき、元副署長は起訴時点で裁判中だった元地域官(その後有罪が確定)と共犯関係にあり、時効は成立していないと主張。また、明石署にいた元副署長と事故現場にいた元地域官は「混雑状況の情報や人員を補充し合わなければ、事故防止策はとれず、2人は共犯関係だった」と主張した。

 今回の裁判では、現場の地域官だけでなく、事前に雑踏警備計画を責任もって作成し、事故を防ぐために現場の担当者を監督しなくてはならなかった明石元副署長らの業務上過失致死傷罪を問わねばならなかったはず。

 検察は、2002年12月に当時の明石署長(故人)と副署長を不起訴にして以来、検察審査会のの「起訴相当」(11名中8名が起訴に賛成)の議決が2回出たにもかかわらず、また検察審査会法が改正された後も2回「起訴相当」の議決が出されたにもかかわらず、通算4度も不起訴を繰り返した。
 もし、明石署長が存命であれば、裁判の中で、もっと明らかになったことがあったに違いないと思うと、検察のしたことは、事故原因の究明と今後の再発防止にとっても、大きな誤りだったのではないか。

 現場の担当者である地域官だけを処罰して裁判を終わらせるのではなく、地域官を監督する立場にあった人の責任を明確にし、事故の真相を解明することが、亡くなった方々や遺族や被害者の思いに答えることではないかと思う。
歩道橋内にある慰霊碑「想」の像       2007年7月撮影

 《参考記事》
「強制起訴の元副署長、時効成立で免訴 明石歩道橋事故」朝日新聞デジタル 2013/02/20 12:27
http://digital.asahi.com/articles/OSK201302200017.html
 「(社説)歩道橋判決 混雑警備に残した教訓」朝日新聞デジタル 2013年2月21日
http://digital.asahi.com/articles/TKY201302210533.html

 《参考》 拙ブログでも、以前「明石歩道橋事故」について、とりあげた。
ラベル「明石歩道橋事故」を参照
「明石歩道橋事故、元明石署地域官ら実刑確定へ…最高裁が上告棄却 」 2010年6月5日 http://tomosibi.blogspot.jp/2010/06/blog-post.html

2013年2月4日月曜日

行田市長が踏切廃止を要望~東行田No.2踏切の事故

 1月18日、行田市桜町2の秩父鉄道の東行田No.2踏切(警報機、遮断機なし)で、小学5年生の男子児童が電車に撥ねられて亡くなった。
事故のあった東行田No.2踏切 幅は2m弱、路面が悪い。
                      2012年12月9日撮影
報道によると、この事故をうけて、工藤正司行田市長は、大谷隆男秩父鉄道社長に、事故のあった東行田No.2踏切の廃止を要望した。今後、市が住民に理解を求め、合意を得られた場合、同社は廃止に向けた対応を進めるという。

 現場の踏切は、警報機・遮断機のない第4種踏切で、踏切の入口から線路までは急な下りになっている。行田市は「遮断機などの設置だけでは十分な安全対策が確保できず、廃止が最良の選択」と判断した。また、NO.2踏切を廃止した場合、約100m東側にあるNO.1踏切(第4種)の交通量が増えると予想されることから、NO.1踏切に警報機・遮断機を設置することもあわせて要望した。

 秩父鉄道によると、同社の全踏切311カ所のうち、第4種は99カ所ある。過去5年間に死亡事故が4件発生している。2008年9月、今回事故のあった踏切から約230m西側にある東行田NO.5踏切(事故当時第4種)では、中学2年生の男子が、自転車で踏切をわたろうとして、急行電車に撥ねられて亡くなっている。また、翌年12月には、同じ踏切で、4歳の保育園児が線路内に入り、電車に撥ねられて亡くなるという痛ましい事故が起きている。
 
 秩父鉄道は、第4種踏切を廃止することを検討してきたが、実際には過去10年間で、廃止できたのは6カ所、第1種への切り替えができたのは6カ所にとどまっているという。
 警報機・遮断機の設置費用は約1000万円で、そのうち国や自治体が費用の6分の5を負担する。しかし、更新や維持費用は事業者の負担となるため、経営の厳しい秩父鉄道では、踏切の第1種化が進まなかった。
 また、住民の方々からは、踏切が廃止されると「遠回りになる」などの意見があり、廃止について合意を得るのが難しいこともあるという。

 行田市は、緊急対策として、踏切の入口にU字型の防護柵を設置し、自転車やバイクからおりないと通行できないようにした。行田市では、「市として、これ以上(踏切の危険性)を看過できない。ご理解いただけるよう地元の方々にていねいに説明していきたい」と話しているそうだ。
 
  地方の中小の鉄道事業者は、経営が厳しい状況にあると思う。しかし、観光地の少ない埼玉県にとっては、SLなどが走り自然豊かな秩父路を走る秩父鉄道は、重要な公共交通でもあると思う。踏切の安全対策を事業者だけに任せるのではなく、行政も一緒に積極的に取り組んでほしい。そして、踏切で、悲惨な事故の起きることのないよう、早急に取り組んでほしいと思う。
 

東行田No.2踏切 亡くなった児童はこちら側から踏切に入ったと見られている。
二輪車の進入を防止する柵が新たに設置されていた。  2013年1月27日撮影
《参考》拙ブログでは、以下で、この事故についてとりあげた
「秩父鉄道の踏切事故(埼玉県行田市)~警報機・遮断機のない第4種踏切 」
http://tomosibi.blogspot.jp/2013/01/blog-post_18.html
《参考記事》
「行田の踏切児童死亡事故:市長が踏切廃止要望 住民合意も焦点 /埼玉」 毎日新聞 1月31日(木)12時16分配信 【大平明日香】
 
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20130131ddlk11040219000c.html

2013年2月3日日曜日

女子柔道で、監督が暴力行為~第三者機関で調査を

 1月30日、報道によると、ロンドン五輪柔道女子日本代表の園田隆二監督が、選手に暴力やパワーハラスメント行為をしていたことが、15人の女子選手の告発によってわかった。

 昨年、9月、日本代表の女子選手から、全日本柔道連盟(以下、全柔連と略)に対して、合宿中に園田監督が選手を殴ったり、蹴ったり、棒でこづいたりしたという情報がもたらされた。全柔連が暴力行為を調査し、園田監督も事実を認めたため、11月に始末書を提出させ、厳重注意し、監督も選手に謝罪したという。

 しかし、その後も、園田監督が監督を続投することが決まり、選手たちは、監督の暴力や暴言におびえていたという。
 12月に入り、4日、強化選手15人が匿名でコーチ陣の暴力などを訴える文書をJOCに提出。全柔連は聞き取り調査を実施。25日、選手15人が個人名を明かして、強化体制の見直しなどの嘆願書を日本オリンピック委員会(以下、JOCと略)へ提出。
 1月10日、選手4人がJOCを訪れ、問題を訴える。1月15日、全柔連、臨時倫理委員会を開き、園田監督の文書による戒告処分を決定、19日、処分を園田監督らへ言い渡す。25日、全柔連、JOCへ一連の経緯の報告を行う。27日、選手5人が再び、JOCを訪問し、問題を訴える。28日、JOCは全柔連に、選手への聞き取りを要望する。

 報道によると、これらの処分と事実関係について、JOCと全柔連は公表せず、文部科学省にも説明していなかったこともわかった。
 31日、竹田恒和JOC会長から、監督らの暴力行為について報告を受けた下村博文文部科学相は、「JOCが改めて主体的に調査をしてほしい。他の競技でも暴力がないか調査して、日本のスポーツに対する信頼回復に向けて対応してほしい」と要請した。

 2月1日、柔道全日本女子の園田隆二監督は、全柔連に辞意を記した進退伺を提出し、受理された。園田監督は、取材に対して、「社会的に迷惑をかけ、選手たちに責任を感じている。柔道の原点に戻って、学びなおしたい」と話したという。
 また、全柔連の上村春樹会長は、告発した選手15人がJOCの調査に対してのべる意見を今後の強化に反映させることを明言したという。

  JOCは、31日、緊急の理事会を開き、スポーツ現場から暴力を一掃する方針を確認するとともに、選手たちから詳しく事情を聴くため、「緊急調査対策プロジェクト」をたちあげた。
 メンバーは荒木裕子氏ら理事4人と弁護士で構成する。プロジェクトでは、選手たちが競技団体などに相談できない悩みなどを持ち込める機関を設置する準備もすすめる。文科省から要請された柔道以外の競技への調査も早急に着手する方針。全柔連については、加盟団体審査委員会にかけて、組織のあり方などを審査し、処分を検討することも決めた。

 1月30日のJOCと全柔連の会見で、初めて明らかになった女子選手への数々の暴力行為の事実。報道を見聞きするだけでも、それらの行為が選手を育てるということにつながるのだろうかと、疑ってしまった。女子選手に対する暴力について、調査チームは、選手たちの不利にならないように聞き取りをしていただきたい。そして、事実関係を明らかにし、なぜ、そのような行為が行われたのか、原因を調査し、組織のあり方に問題があることがわかったならば、改善の方法を検討・実施するべきだと思う。

 日本のオリンピック選手たちの活躍は、私たちにいつも勇気や希望を与えてくれた。柔道の選手の活躍も忘れられない。そんなすばらしい選手たちが、たたかれたり、蹴られたりしながら、日本代表として出場するために、厳しい練習に耐えていたとは…
 
 そういう暴力を使う練習や指導ではなく、選手たちが自主的に練習し、能力を高めていく指導方法はないのだろうか。柔道だけでなく、すべてのスポーツから暴力がなくなり、子どもや若者がのびのびとスポーツが楽しめるようにと、切に願う。

《参考記事》
「女子柔道暴力問題:園田監督が引責辞任 全柔連、進退伺を受理」 毎日新聞 2013年02月02日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/news/20130202ddm041040084000c.html

「JOCが緊急会議 緊急調査実施へ 相談窓口も設置準備」産経新聞 2013.1.31 21:14
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130131/mrt13013121150014-n1.htm
「進退「事実把握し結論」 園田監督「申し訳ない」 女子柔道暴力」 朝日新聞 2013年1月30日
 
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201301300699.html