2013年4月12日金曜日

諏訪市武津踏切裁判、遺族が控訴~JRの安全対策を問うた裁判

 200854日、午後129分ころ、諏訪市四賀のJR中央東線(単線)武津踏切(第3種、警報機あり、遮断機なし、事故当時警報機は作動)で、部活から帰る途中の中学1年生(当時12才)が、下り列車特急スーパーあずさに撥ねられ、脳挫傷のため亡くなった。

 この事故で亡くなった中学生の両親が、201110月、JR東日本に対して、踏切に遮断機が設置されていれば事故は防げたとして、損害賠償を請求する訴えを起こした。
 これに対する判決が、今年328日、長野地裁諏訪支部で下澤良太裁判長によって言い渡された。判決は、「踏切の安全性を万全にするためには、踏切の1種化が有効であって、本件踏切を含めた踏切の1種化施工を迅速に実施することが望ましいとはいえるが、被告における踏切の1種化への取組みの状況如何によって、本件踏切における設備上の瑕疵(かし)の有無が左右されるものとは言い難い」として、原告の訴えを棄却した。
 
 原告の弁護士のよると、法令上、踏切の1種化(警報機・遮断機設置)は原則であること、3種踏切(警報機あり、遮断機なし)も第4種踏切(警報機・遮断機なし)と同様に事故率が高く、このことは国土交通省もJR東もともに認めており、武津踏切は第4種と同様に危険だった。
 
 特に、武津踏切や同じ諏訪市内にある中大和踏切(第3種)、茅野市内にある踏切では平成8年から9年にかけて、小学生やお年寄りが亡くなる事故が起きているのだから、中央東線の踏切の第1種化を進めるべきだった。事故のあった武津踏切の第1種化計画が事故のあった平成20年度よりもっと早く実施できなかったのか、裁判官は安全対策について判断すべきだったのに、判決では触れなかったのである。

 亡くなった中学生の両親によると、武津踏切は、幅約1.9m、長さは8.45mある。事故当時、諏訪市が設置した侵入防護柵は何者かによって外され、踏切手前の道路わきに放置されたままになっていた。また、事故後、警察や学校関係者、事業者らによって行われた現地診断の資料によると、 踏切入口には、停止線が書かれていなかったとする指摘があった。
 
 武津踏切は、国道20号線と旧甲州街道とを結ぶ位置にあり、中央本線北側には中学校、南側には小学校、近くに高校などがあり、児童や生徒が通学路として利用している。また、高齢者や児童をふくむ付近の住民の生活道ともなっている。

 また、茅野から上諏訪にかけては線路がほとんど直線に敷設されているので、列車は武津踏切を高速で通過する。とくに中学生を撥ねた特急スーパーあずさは、武津踏切付近を時速100km程度(秒速27.8m程度)で通過している。踏切の手前で見通しが悪く、列車が見えないと思っていても、すぐ近くにスーパーあずさが来ていたりして、危険な踏切である。
 中学生の両親によると、武津踏切では、過去に、耳の不自由な高齢者が事故に遭い死亡するなど、2件の死亡事故が起きているという。そのため、付近の住民や小中学校の保護者らは、中学生の事故以前から、踏切が危険であると心配していた。

                                                             
                           2008年5月4日 諏訪市四賀 事故直後の武津踏切。 (長野日報提供)                                                                     



                        事故から半年たった20081122日、遮断機が設置された。20081123日撮影。
 
 この事故の後、武津踏切には3本の侵入防護ポール、注意喚起の路面標示と看板が設置された。また、事故の半年後の11月には、亡くなった中学生の父母や小中学校、住民らの要望もあり、武津踏切に遮断機が設置された。
 
   諏訪市内には、武津踏切の他にもう一か所、第3種の踏切があり、以前に、小学生が先に入った子どもの後を追って踏切に入り、列車に撥ねられて亡くなる事故が起きていた。また、茅野市でも第3種踏切で、小学生が前を行った子どもの後を追って踏切に入り、事故に遭って亡くなっている。武津踏切の事故の前にも、子どもや高齢者が亡くなる事故がくりかえし起き、以前よりもスピードの速いスーパーあずさや貨物列車など何種類もの電車が走るようになり、列車の運行本数も増えているのに、JR東は武津踏切や中大和踏切に遮断機を設置しなかった。

     しかし、これらの事故の分析をして、安全対策を検討するなら、遮断機の設置(第1種化)が必要であると考えられたはずである。
 中学生の母親は、第1回裁判で意見陳述をした。その中で、「事故は踏切に入った人だけが原因んで起こるのではないと思います。事故原因を、あらゆる角度からひとつひとつ丁寧に調べ、事故を未然に防ぐにはどうしたらいいのかという安全対策を真剣に考えなければならないと思います。」と語り、同じような事故が繰り返し起きないよう、JR東に踏切の安全対策を考えてほしいと訴えた。

 「鉄道会社は列車に乗っている人の安全だけを考えるのではなく、踏切を利用する人の命を守るという安全も考えていただきたいと思います」とも語り、それはJR東が一企業として、果たすべき責任だとしている。
 そして、母親は意見陳述の最後を「子どもだけでは命を守れない、大人が動いて子どもを守っていかなければいけない、(危険な踏切を放置せず)遮断機を付けていたら、息子の命は今も生きている」と、締めくくった。
 
 これまで、踏切事故の多くは、事業者や運輸安全委員会で事故調査がされず、従って再発防止のために具体的な再発防止対策をとられることはほとんどなかった。
 警察や学校などが事故現場に注意喚起の看板を設置したり、鉄道事業者や地元警察が踏切事故防止キャンペーンと称して、運転手や通行者に注意を促すくらいだった。

 しかし、人間に厳しく注意を促すだけでは、事故は無くならないことは、昨今のヒューマンエラーの研究から明らかだ。事故調査をあいまいにせず、徹底して調査・分析することで、事故を防ぐにはどんな安全対策が必要なのか明らかになる。踏切事故をなくすために、関係機関や事業者が踏切事故を調査し、有効な安全対策を迅速にとってほしいと思う。

《参考》
「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」(平成13年国土交通省令第151号)
 第40条 踏切道は、踏切道を通行する人及び自動車等(以下「踏切道通行人」という。)の安全かつ円滑な通行に
   配慮したものであり、かつ、第62条の踏切保安設備を設けたものでなければならない。
 第62条 第1項 踏切保安設備は、踏切道通行人等及び列車等の運転の安全が図られるよう、踏切道通行人等に列車等の接近を知らせることができ、かつ、踏切道の通行を遮断することができるものでなくてはならない。ただし、鉄道及び道路の交通量が著しく少ない場合又は踏切道の通行を遮断することができるものを設けることが技術上著しく困難な場合にあっては、踏切道通行人等に列車等の接近を知らせることができるものであればよい。
踏切道改良促進法施行規則(平成13年国土交通省令第86号)の中で、踏切保安設備の整備の指定基準として、以下の点を挙げている。
    自動車の通行が禁止されていないもの
    3年間において3回以上、または1年間に2回以上の事故が発生しているもの
    複線以上の区別があるもの
    踏切を通過する列車の速度が120㎞毎時以上のもの
    付近に幼稚園または小学校があることその他の特別の事情があり危険性が大きいと認められるもの