2010年11月30日火曜日

地下壕9850か所、崩落の恐れ487か所~全国に残る地下壕

 報道によると、11月29日、太平洋戦争中、旧日本軍が造った地下壕が崩れて住宅が陥没して住めなくなった男性2人が、国に家の修理費用や慰謝料などの損害賠償をもとめていた訴訟の判決があった。東京地裁立川支部は、判決で「家の陥没は国が地下壕の安全対策を怠ったため」として、国の責任を認め、約3500万円を男性らに支払うよう命じた。

 国土交通省の調べによると、全国の市街地には、地下壕が9850か所あり、崩落などの危険のある地下壕は487か所にのぼることがわかった。
 地下壕は、戦時中、旧日本軍や、軍需工場、町内会などによって造られ、おもに防空壕として使われていた。

 訴状などによると、2002年10月、男性の家の玄関に通じる階段が崩れ始め、その後庭が縦5メートル、横4メートル、深さ3メートルにわたって陥没し、二人の男性の家がそれぞれ2軒とも傾いた。二人は転居し、今も家に戻れていない。
 周辺では1945年2月に旧陸軍航空本部が工場の疎開先として、総延長4.2キロの壕を着工し、約75%完成したところで終戦となった。二人の自宅の下にはいまでも、南北方向に壕が通っているという。
 裁判では、原告側は、「国が地下壕を埋め戻すなどの対策を取らず放置したため崩落が起きた」と主張した。一方国側は「国は終戦で地下壕の占有権を失い、壕を管理しておらず、事故を回避すべき義務はない」と争っていた。

 2005年には、鹿児島市で、防空壕の跡地にいた中学生4人が一酸化中毒で死亡、事故後、鹿児島市は、1千か所以上の防空壕の入口をコンクリートブロックでふさいだが、まだ約460か所が残っているという。
 2000年には、鹿児島県の鹿屋市で県道が陥没して、看護師の女性が亡くなる事故が起き、遺族が国と県に賠償を求め、鹿児島地裁が国の責任を認め、約5600万円の支払いを命じた。

 国交省と地方自治体は、1998年から2009年度、周囲に影響の出る恐れのある地下壕を中心に、195か所を埋め戻すなどしたが、新たに発覚する地下壕が後を絶たず、危険な地下壕がなかなかなくならないという。

 国交省の担当者は、「地下壕の存在が発覚すると、不動産の評価額が目減りする可能性がある。地下壕があると知っていても、公表を嫌う地権者もいて、正確な数が把握できない」と話しているそうだ。

 戦争が終わって65年もたつのに、防空壕が全国各地に存在し、危険と隣り合わせで生活している人がたくさんいることは驚きだった。裁判を提訴した日野市の男性らは「不動産取引の際に、地下壕などの存在を告知する義務を設けるべきだ」という。
 早急に、壕を埋め戻すなどの対策を実施することが望まれると思う。

《参考》 国土交通省都市・地域整備局「特殊地下壕対策事業」について
http://www.mlit.go.jp/crd/city/sigaiti/tobou/chikago.htm
《参考記事》
「地下壕訴訟、国に3500万円支払い命令 地裁立川支部 」 2010年11月29日14時1分朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/1129/TKY201011290263.html
「危険な地下壕、全国487カ所 陥没で死者・家屋被害も」朝日新聞http://www.asahi.com/housing/news/TKY201011260558.html

2010年11月19日金曜日

踏切事故の現場をたずねて~新潟県柏崎市JR越後線第2下原踏切

 11月13日朝、JR東日本上越新幹線の長岡駅を降り、今夏、事故のあった柏崎市のJR越後線下原第2踏切に行った。

 今年、8月19日、柏崎市の警報機・遮断機のない第4種踏切で、小学5年生の男児が亡くなった。
日頃から早起きだった男児は、夏休みに入ってからも、朝早く起きて朝ごはんの前にトレーニングのため、ランニングをしたり自転車で家の周辺を走ったりしていた。

 ご両親が目撃していた人から聞いた話によると、19日朝7時ころ、第2下原踏切にさしかかった男児は、いったん踏切の入口で立ち止まったらしい。その後、踏切に自転車で入ったところ、西中通方面から来た普通列車に撥ねられ、頭を強く打って亡くなった。

 事故のあった踏切は、男児の自宅から100mほどのところにある。男児が立ちどまった踏切の入口あたりは、事故当時、踏切には一旦停止の線もなく、砂利道で、線路の枕木もふわふわと腐りかけていたという。
 
 また、踏切には、事故当時、警報機・遮断機・照明もなく、横断者が近づくと音声で注意を促す音声警報装置と、電光表示板に「左右確認」などと表示する装置が、踏切の両側にそれぞれ1台ずつ設置されていた。しかし、男児が渡った側の装置は2003年から壊れていた。列車の来た方角は右に大きくカーブしており、事故当時、踏切横の草も背高く生い茂って、踏切入口に立つ人からは、列車の来るのを見えにくくしていた。事故後、線路横の草は一部刈られたものの、踏切入口からは線路は見えにくい。
(上の写真は、踏切横から列車の来た西中通方面を見る。事故後、線路横の草が刈られた。
2010年8月23日朝7時、男児のご両親が撮影。)
(上は、踏切入口から小学生の目の高さで、列車の来た方を見た。今は手前の草は刈ってあるが、事故当時は草が背高く伸びていたという。事故後、踏切は舗装された。2010年11月13日撮影)

 線路は道路から高くなっているため、踏切道は傾斜があり、その上、線路と45度くらいの角度で交差している。そのため、踏切道は幅2m、長さ10mほどと、思ったよりも長い。
 第2下原踏切では、18年前にも、お年寄りが列車に撥ねられるという事故が起きている。

   (上の写真は、小学生が来た方から踏切を見たところ。踏切道は線路とななめに交差しており、事故当時は砂利道で歩きにくかった。2010年8月23日、ご両親撮影)       
(2010年8月23日、ご両親撮影) 
 
 私が踏切に行った時は、すでに踏切は舗装され、枕木も新しいものに取り換えられたようだった。しかし、踏切入口に立って、列車の来た方角を見ると、踏切の脇は背の高い草が繁っているため、線路が見えない。線路が見えないということは、踏切に接近する列車も見えないのではないかと思った。

  事故後、周辺の地元町内会会長や柏崎市内の小中学校PTAが、踏切の安全対策を求める要望書を、JR東日本新潟支社や新潟県、柏崎市、北陸信越運輸局などに提出した。

 小学校が近くにあり、中学生が通学に使う橋場町踏切(第4種踏切)や小学校の通学路に使われている下原街道踏切(第1種踏切)は、いずれも児童生徒が通行する際には、出勤のための車両の通行が多く、児童らには危険な踏切だと感じた。

 橋場町踏切(第4種踏切)は、小学校のすぐ脇にあり、中学生が通行する。小学生も通学時には通らなくても放課後、通ることもあるだろう。橋場町踏切は見通しが良いとは思うが、せめて列車の接近を知らせる装置がほしいと思った。

(小学校脇にある橋場町踏切。事故後舗装された。11月13日撮影)
 下原街道踏切では、道路が三差路になっており、踏切道にある歩道は狭く、登校時に児童が登校班でいっしょに並んで通るには狭く、車両と接触する危険があると思った。
 又、踏切道と線路が斜めに交差しており、三差路になっているために踏切を渡ってすぐに右折する車両が多く、登校する子供たちにとって、小学校のある左方向へ横断するのが危険だという。

(下原街道踏切。踏切向こうから小学生たちが集団登校する。)

 朝は、この街道が通勤の車両で渋滞するという。児童たちは、踏切がある上に、信号のない三差路を注意して渡らねばならない。児童たちの安全を誰が守るのだろうか。
 小学校のPTAや児童・生徒の父母の皆さんだけでなく、危険な踏切や通学路をなくす対策は、自治体や鉄道事業者にこそ、取り組んでほしいと思う。

 
 残念だが、いつも踏切事故のあった現場を見て思うことは、踏切を取り巻く環境が変わっているのに、鉄道事業者や自治体は、その変化を把握して十分な安全対策をたてるのではなく、周辺の変化に対応せずに危険になった踏切の状況を放置していたのではないかということだ。

 小学生が亡くなった柏崎市の踏切の周辺も、新しい住宅が増えて、スーパーや地区施設や保育園などが建てられ、踏切を行き来する住民が増えているのに、踏切の設備が壊れても何年も放置したり、凸凹な路面をそのままにするなど、鉄道事業者や自治体の安全に対する姿勢に疑問を感じた。


 そんな危険な踏切を放置すれば、そこで犠牲になるのは足の弱いお年寄りや背高く生い茂った草で列車が見えずに踏切に入ってしまった子供たちなのだ。 
 車両の通らない静かな安全な踏切だと思って通行する人たちを裏切らないよう、事業者や自治体は十分な安全対策を検討して、せめて二度と同じような事故が起きないように努めてほしい。

(新潟県内には、JR東日本の踏切は852か所、そのうち警報機・遮断機のない踏切は75か所あるという。)

《参考記事》
「ニュースの現場 小5踏切事故死」 2010年9月20日

2010年11月18日木曜日

事故のあった熊谷-持田間の第4種踏切、廃止へ

 報道によると、熊谷市曙町2の持田第24踏切(第4種踏切)が廃止されることになった。
 
 今年9月、大学生が自転車に乗って踏切を渡っていたところ、列車に撥ねられて重体となる事故が起きた踏切で、警報機や遮断機などはない。その後、付近の住民と踏切に廃止について、熊谷市や秩父鉄道、住民らで協議が進められていた。今回、住民の理解が得られたので、12月下旬に廃止されることが決定した。22日から、踏切には柵が設けられ、通行できなくなるという。

 事故のあった踏切から、約70m先には、警報機・遮断機のある第1種踏切がある。第4種踏切がなくなると遠回りになるだけでなく、車両などといっしょに通行する第1種踏切は、お年寄りや子供などにとっては危険であることが多い。踏切に歩道がないと、車両などに接触することもあり、危険なので、あえて車両が通行しない第4種踏切を渡るというお年寄りや障害を持った方も多い。

 住民の方と、市や事業者が話し合いで危険な第4種踏切を廃止するならば、これから通行することになる第1種踏切に十分な安全対策をとってほしい。第4種踏切の廃止によって、不便になる人たちへの対策を十分考えてほしい。

 たとえば、第1種踏切に十分な幅のある歩道を書き、路面がデコボコしているならば平らになおす、非常ボタンなどを設置するといったことは、すぐできる対策だと思う。

《参考記事》
「秩父鉄道:踏切22日から閉鎖 大学生事故の熊谷-持田駅間、住民の理解得る」 
/埼玉  【藤沢美由紀】
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20101117ddlk11040280000c.html

東京大学柏キャンパスで、エレベーター不具合

 16日、国土交通省は、東京大学柏キャンパス(千葉県柏市)で、シンドラーエレベーター(東京都江東区)が製造・保守点検するエレベーターの扉が開いたまま降下するトラブルがあったと発表した。
 同省などによると、11日、当該エレベーターは、定員19名、積載荷重1250kgで、1階から学生18人が乗った直後、扉が開いたまま、かごが降下を始めた。このとき、エレベーター外に避難した学生2名のうち、1名が、床の段差でひざを打撲した。
 エレベーターは、地下1階近くで止まり、自動の復帰運転装置が作動して1階に上昇して止まったという。

 同省住宅局建築指導課には、平成22年11月12日、情報提供があり、同日、特定行政庁の柏市、昇降機等事故対策委員会委員、国土交通省による調査を行った。また、同省はシンドラー社に対して、全国に設置する同型機計約360基について緊急点検を指示した。

 シンドラー社製のエレベーターでは、2006年6月3日、港区の区立の高層マンションで、エレベーターを降りようとした高校生が、扉が開いたまま上昇したエレベータに挟まれて亡くなる事故が起きている。
  その後、昨年9月、国交省は、新たに設置されるエレベーターについては二重ブレーキを義務付けたが、既設のものについては、数年後に補助ブレーキの取り付けが義務付けられる見通しだという。
 既設のエレベーターは、全国に70万基あるといわれている。高層マンションや高層団地に住む人は増え、エレベーターは大切な「移動手段」になっている。また、公共施設だけでなく、商業施設や駅などでは、お年寄りや障害を持った方をはじめ多くの方がエレベーターを利用し、エレベーターは日常生活になくてはならないものになっている。

 今回の事故について、事業者や監督官庁は、利用者の安全のため、事故の事実を正確に把握して、事故原因を調べ、同じような事故が起きないよう、早急に再発防止策に取り組んでほしい。


《参考》
国土交通省「東京大学柏キャンパス総合研究棟におけるエレベーターの戸開走行について」 平成22年11月16日
http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000202.html


《参考記事》
「東大・柏キャンパスでエレベーター不具合」   2010/11/16 12:15
http://www.nikkei.com/news/article/g=96958A9C93819695E3E4E2E0968DE3E4E3E3E0E2E3E29180E2E2E2E2;n_cid=DSANY001

2010年11月14日日曜日

教育費の負担割合、過去10年で最高

 報道によると、日本政策金融公庫が今年度、国の教育ローンを利用している世帯を対象に実施したアンケートによると、家庭の年収に占める教育費の割合が4割近くに上ることがわかった。負担の割合は、この10年で最高となった。景気が低迷する中、年収が減少し、とくに収入が低い世帯で負担の割合が大きくなっているという。

 アンケートは7月に郵送で実施し、2、3月に国の教育ローンを利用した世帯のうち、5409世帯からの回答を集計したもの。
  
 調査結果によると、小学校以上の子供の在学費用の割合は、世帯年収に対して平均37.6%で、2009年度から3.9%増えた。2009年度の世帯の平均年収が592.6万円から20万円近く減って572.5万円となった一方、授業料や通学費、教科書代などが増えているという。

 年収200万円以上400万円未満の世帯の在学費用は166.7万円で、年収に対する負担の割合は56.5%にのぼり、他の年収世帯層の負担の割合が、2~3割台なのに対して、負担が大きい。年収800万円以上の世帯の在学費用は、237.8万円で、年収の高い世帯層ほど、教育費が高いこともわかった。
 高校入学から大学卒業までにかかる1人あたりの費用も、1059.8万円で、2009年度から52.1万円増えた。

 教育費をねん出するため、各家庭が節約に努めており、旅行やレジャー費、外食費などが削られていることもわかった。
 日本では、世界でも類を見ないほどに、子どもの教育費の負担が大きくなったことは、OECDの調査結果でも明らかになっている。
 9月に発表されたOECD(経済協力開発機構)の調査によると、教育費の私費負担の割合は、日本は33.3%、OECD各国の平均は17.4%で、日本は平均の2倍近くにのぼる。

 次の時代を担う子どもは社会全体で育てていくものと考えるなら、教育費の公的負担の割合を高めるべきだろうと思う。また教育費の家計への負担を減らし、教育費以外への支出を増やすことは、長い目で見れば、景気回復にもつながるだろうと思う。 

《参考記事》
「教育費、世帯年収の37% 負担割合、過去10年で最高」    2010年11月14日3時0分 http://www.asahi.com/national/update/1113/TKY201011130244.html?ref=any

2010年11月11日木曜日

バレリーナ森下洋子さん、広島名誉市民に

 今年9月、広島市は、市議会で、デザイナーの三宅一生さん(広島市東区出身)と、世界的プリマバレリーナの森下洋子さんを名誉市民に決めた。
 
 三宅さんは、7歳で被爆し、昨年ニューヨークタイムズ紙に被爆体験をつづった「閃光の記憶」を寄稿した。広島市は、三宅さんが核廃絶と世界恒久平和を願う「ヒロシマの心」を世界に広くアピールしたと評価した。
 
 また、森下さんは、子どものころから体が弱かったため、医師に運動をすることを勧められ、3歳からバレエを始めた。平成9年には、文化功労者に選ばれるなど、日本を代表するバレリーナ。
 
 その森下さんが、朝日新聞の連載「核なき世界へ~被爆国からのメッセージ」の中で、爆心地近くで被爆しひどい傷を負いながらも、明るく生きた祖母の思い出を語っている。
 「(祖母は)79歳で亡くなるまで恨み言一つ漏らさなかった。命の重みと、苦しさを乗り越える人間の強さ、そして、原爆はあってはならないということを無言のうちに教えてくれました。」
 「厳しいけいこを重ねながら精神の輝きを表現したいと願う原点には、一番身近な人から核兵器の恐ろしさを教えられた者として、人間を愛することの大切さ、平和への祈りを伝えねばという思いがあります。」(2010年11月3日付朝日新聞)
 
 そして、森下さんは、オバマ大統領には、ぜひ、広島を訪れて今も苦しんでいる被爆者の人たちと向き合ってほしいとも語る。
 ホワイトハウスによると、オバマ大統領は、11月12日に来日するが、「公式日程以外に時間がない」ため、広島・長崎には訪問しないという。
 しかし、広島や長崎で、誰にも迷惑をかけないようにと誠実に生きてきたにちがいない人々の無念を心に深く刻み、核兵器をなくすことに全力をつくす、それが核なき世界を訴えて、ノーベル平和賞を受け取った人の責務ではないだろうか。
《参考記事》
「三宅一生さん、森下洋子さんを名誉市民に 広島市」   2010.9.28 20:02
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100928/lcl1009282008009-n1.htm

2010年11月4日木曜日

東京ー立川間の中央線、踏切ゼロに~高架化事業終了へ

 報道によると、JR東日本は10月30日までに、「開かずの踏切」解消のために、1999年からすすめていた高架化工事が終了すると発表した。中央線三鷹ー立川間の工事で、11月7日朝に終了する。この区間にあった18か所の踏切はすべてなくなり、東京ー立川間には踏切がすべてなくなることになる。

 最後の工事は、西国分寺ー立川間の約3㎞の上り線を高架上の線路に切り替える工事。三鷹ー立川間にあった踏切は18か所のうち、16か所が朝夕ラッシュ時の1時間に40分以上閉まっている「開かずの踏切」だった。そのため、交通渋滞が日常化していた。
 また、なかなか開かない踏切のため、通行者が滞留し、踏切が開くと車両と通行者が一度に多数わたるので、危険だといわれてきた。

 今回踏切が解消することで、鉄道の線路によって分断されてきた町の行き来がたやすくなり、町の発展にも役立つことだろう。また、踏切で待つ車両の排気ガスなどの問題もなくなることと思う。

 上の写真は、立川駅から10分ほどのところにある国立踏切。踏切から東京方面を見る。右側は、中央線下り方面線路がある高架。国立踏切も、7日には、廃止になる。下の写真の図は、踏切脇にあり、高架化工事について説明している。(2010年10月27日撮影)
  


 《参考記事》
「中央線、東京―立川の踏切ゼロに 高架化が11月終了」 2010/10/29 21:38 【共同通信】http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010102901000922.html
 11月6日追加記事
「開かずの踏切、今は昔 三鷹-立川間 あす 高架化終了」(朝日新聞)