報道によると、5月25日国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)は、福岡県飯塚市出身の絵師山本作兵衛(1892~1984)がかき残した記録画など697点を「世界記憶遺産」に登録すると発表した。
日本から世界記憶遺産に登録されるのは初めてである。
山本作兵衛は、14歳から筑豊の各炭鉱で働き、65歳から炭鉱労働の実態や鉱員の生活を記録に残しておきたいと、絵を描くようになった。1000点以上の水彩画があるという。その一部は、遺族が遺品とともに田川市や福岡県立大学に寄贈するなどしていた。
今回記憶遺産に登録されるのは、福岡県田川市が所有する絵画585点、日記6点、雑記帳や原稿など36点と、山本家が所有し県立大学(田川市)が保管する絵画4点、日記59点、原稿など7点にのぼる。
2009年10月、世界文化遺産の登録をめざす「九州・山口の近代化産業遺産群」の委員会が、山本作兵衛の作品を「炭鉱記録画の代表作」と絶賛したのがきっかけで、山本の作品が注目を集めるようになった。
昨年3月、山本作品を世界に紹介しようと、田川市と県立大学は、図録などを添えた推薦書をユネスコに提出し、記憶遺産に登録申請した。
山本作兵衛の作品は、ユネスコのホームページでは、「筑豊の炭鉱が産業革命に直面していた時代についての個人的な証言集」と作兵衛作品を評価。そのうえで選定理由を「当時は政府・企業による公式記録は多くあるが、労働者による私的記録は極めてまれ。公式記録とは正反対の荒々しさと臨場感を持ちあわせており、世界史にとって重要な時代の、正真正銘の個人的記録」と評価されているという。
炭鉱で働いていた労働者自身による記録画が世界的に評価されたことを喜ぶとともに、保管している所には貴重な記録の保存方法をあらためて検討してほしいと思う。
―世界記録遺産についてのメモ―
世界記録遺産(Memory of the World)とは、ユネスコが主催する三大遺産事業のひとつで、1997年から始まった。歴史的文書など、記録遺産は、保存の危機にあるものが多い。そのため、ユネスコは効果的な保存手段を講じるため、記録遺産として残すべきものリストの作成をはじめた。
最新のデジタル技術を駆使して重要な記録を保全し、研究者や一般人など世界の人々が容易に接することができるようにした。また、全世界に広く公開することで、重要な記録遺産を持つ国家の認識を高めることを目的としている。
《参考》
ユネスコ「世界記録遺産(Memory of the World)」
http://www.unesco.org/new/en/communication-and-information/flagship-project-activities/memory-of-the-world/homepage//
山本作兵衛の作品について
http://www.unesco.org/new/en/communication-and-information/flagship-project-activities/memory-of-the-world/register/full-list-of-registered-heritage/registered-heritage-page-8/sakubei-yamamoto-collection/#c200778
《参考記事》
「記憶遺産に筑豊の炭鉱画…山本作兵衛の697点」 (2011年5月26日02時24分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110526-OYT1T00122.htm?from=any
「世界記憶遺産:ユネスコ「世界史にとって重要な個人記録」(毎日新聞2011年5月26日15時06分)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110526k0000e040090000c.html
2011年5月26日木曜日
2010年5月15日土曜日
チンパンジー、子供の死後もともに行動
報道によると、京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)所長の松沢哲郎教授らのグループが、チンパンジーの母親が死んだ子供をミイラ化するまで背負い、一緒に行動していた例を、同じ群れで複数観察したという。教授らは、ヒトが死者をとむらう行動の起源ではないかとみており、4月27日付アメリカの生物学誌に発表する。
研究によると、1992年と2003年に計3回、死亡した1歳から2歳半の子供をそれぞれの母親が、19日から68日間背負い続けたという。
母親は生きている時と同じように毛づくろいしたり、ハエを追い払ったりして子供に愛情を示しているようだが、生きている時とは背負い方が異なり、研究チームはチンパンジーの母親が自分の子供が死んでいることは理解しているとみる。
松沢教授は「ヒトが死者をとむらう気持ちも進化の過程で生まれた。死んだ子供によりそうチンパンジーの行動に、その起源があるのではないか」と話しているという。
観察中、ほかのチンパンジーでミイラ状態の子を避けたのは1例だけだそうで、群れ全体で、死んだ子供によりそっているのではないかと思える。
《参考記事》
チンパンジー、死亡後も子と行動=ミイラ状態でも一緒に-京大霊長類研(2010/04/27-01:33)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201004/2010042700021&rel=j&g=soc
研究によると、1992年と2003年に計3回、死亡した1歳から2歳半の子供をそれぞれの母親が、19日から68日間背負い続けたという。
母親は生きている時と同じように毛づくろいしたり、ハエを追い払ったりして子供に愛情を示しているようだが、生きている時とは背負い方が異なり、研究チームはチンパンジーの母親が自分の子供が死んでいることは理解しているとみる。
松沢教授は「ヒトが死者をとむらう気持ちも進化の過程で生まれた。死んだ子供によりそうチンパンジーの行動に、その起源があるのではないか」と話しているという。
観察中、ほかのチンパンジーでミイラ状態の子を避けたのは1例だけだそうで、群れ全体で、死んだ子供によりそっているのではないかと思える。
《参考記事》
チンパンジー、死亡後も子と行動=ミイラ状態でも一緒に-京大霊長類研(2010/04/27-01:33)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201004/2010042700021&rel=j&g=soc
2010年1月11日月曜日
もっとも古い原爆の漫画、資料展で公開
1957年の1年間、原爆をテーマにした漫画が少女雑誌に掲載されていたことがわかり、掲載誌を見つけた広島平和記念資料館では、資料展が開かれているそうだ。漫画家は、原爆で父を失った谷川一彦さんで、漫画は「星はみている」という題で、雑誌「なかよし」に連載された。
中沢啓治さんの「はだしのゲン」よりも、16年早く、原爆を扱った漫画としては、もっとも古いのではないかということ。原爆の恐ろしさを子どもらに伝えたいという思いが伝わってくるという。資料展は、原爆資料館で31日まで展示。
《記事》
「ゲン」より早く…原爆描いた幻の漫画、広島で資料展示
(2010年1月6日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100106-OYO1T00950.htm?from=main2
中沢啓治さんの「はだしのゲン」よりも、16年早く、原爆を扱った漫画としては、もっとも古いのではないかということ。原爆の恐ろしさを子どもらに伝えたいという思いが伝わってくるという。資料展は、原爆資料館で31日まで展示。
《記事》
「ゲン」より早く…原爆描いた幻の漫画、広島で資料展示
(2010年1月6日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100106-OYO1T00950.htm?from=main2
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