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2010年3月15日月曜日

東武伊勢崎線竹ノ塚踏切事故から5年 (3) 

 3月15日、竹ノ塚踏切で事故が起きてから5年がたつ。

 事故現場では、毎年事故のあった時刻に合わせて、足立区長や区議・足立区選出の都議・国会議員や地元住民の方々等で構成する竹ノ塚駅付近鉄道高架化促進協議会が献花式を主催、事故のあった現場で黙とう、献花をする。

 一方、東武鉄道は、この日は、朝早く始発列車の出る前に、現場に献花をしたそうだ。

《参考記事》  (2010年3月16日追記)
冥福祈り再発防止誓う…東武線踏切事故から5年 (2010年3月15日 読売新聞 )
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100315-OYT1T00548.htm?from=nwlb
「危険な踏切ゼロに」 竹ノ塚駅の事故から5年 遺族会で対策訴え (2010年3月16日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20100316-OYT8T00083.htm  
 
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五年たっても、現実は変わらない
母が帰らないという現実は変わらない
私たちが、いくら呼ぼうとも、母は帰ってこない

なぜ、あんなところで、無残な最期を迎えなくてはならなかったのか、
なぜ、踏切で事故に遭うのが、私たちの母でなくてはならなかったのか…
誰も答えてくれない

私たちは、最期の時に、母に何一つやさしい
ねぎらいの言葉もかけられなかった
わたしたちは、母の最期のときに、誰もそばにいてあげられず、
母は、自分に大きな塊が、高速で衝撃したことすらも
意識できぬ間に、一瞬のうちに、遠い世界へ旅立ってしまった

自分自身の人生を振り返り、愛する人たちに別れの言葉を
告げることすらできずに、何も分からぬうちに、
巨大な塊に遠い世界へ連れて行かれてしまった母

あなたは今、どこにいるのだろう
あなたは今、どうしているのだろう

子どもらが巣立った後、
まだまだ元気で溌剌として、
父とふたりで老後を楽しんでいたのに、
苦労の多かった人生の終わりに近づいて、
ようやく得た平穏な日々を
誰が突然奪われると予想できただろう
もっと、生きたかったにちがいない
もっと、したいことがあったにちがいない

青く明るい空のかなたへ、問いかける
あなたは、今どこにいるのですか
あなたは、今何をしてほしいですか

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