2014年4月24日、名古屋高裁で、この裁判の控訴審判決が言い渡された。
裁判長は、判決で、認知症だった男性の配偶者として、男性の妻に民法上の監督義務があったと認定して、損害賠償の支払いを命じた。また、男性の長男には見守る義務はなかったとして、JR東海の請求を棄却した。一審の名古屋地裁では、男性の介護に携わっていた妻と男性の長男に対して、JR東海の請求通り約760万円の支払いを命じていた。
JR東海共和駅のホーム端には、階段が設置されている。施錠されていなければ
階段を下りて、線路に出られる。 2015年7月12日撮影
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JR東海大府駅の改札口。男性は、切符を持っていなかったが、駅改札を通って
隣の駅へ行ったとみられている。 2015年7月12日撮影
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一方で、判決は、男性の長男の妻は、長男夫妻の住む横浜から、男性の住む大府市に転居し、男性の妻とともに男性を在宅介護をしていたことを評価した。そして、JR東海が駅で利用客等に対して十分な監視をしていれば、また、共和駅先端のフェンス扉が施錠されていれば、事故の発生を防止することができたとした。
共和駅ホーム端にはフェンスがあり、階段が設置されている。
2015年7月12日撮影
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事故当時は、施錠されていなかった。施錠されたのは、地裁判決の
後だった。事故当時は、回転式の留め具だけだった。
留め具は写真のように簡単に回せるから、男性は扉をあけることが
できただろう。 2015年7月12日撮影
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男性の長男は、「父は、当日夕方、店の前を通る通勤客の流れにのるように歩いて行って、駅に入ったのではないか。改札を通り、突き当たると右に東海道線のホームに下りる階段がある。その階段を下りると、電車が来たので、乗車した。隣駅の共和駅でおり、ホーム端に行き、施錠されていなかった扉を開けて、階段を下りた。階段をおりたものの、今度はホームに戻る道がわからず、線路に出たところに新快速が来て撥ねられたのではないか…」と事故当時のことを振り返る。冬の夕方は暗くなるのが早い。ホームの端は暗く、共和駅手前の線路がカーブしているため、新快速の電車の運転士からは男性が見えなかったという。
JR共和駅のホーム端。男性は階段を下りた後、線路内に入ったとみられている。
新快速は共和駅を高速で通過する。 2015年7月12日撮影
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認知症の人に対して、はじめから外に出てはいけないと家の中に閉じ込めるのではなく、外に出ても、安全に歩いて帰って来られることが大事なのではないか。
安全に歩き戻って来られるように、町ぐるみで、認知症の人を見守る取り組みをしているところもあると聞く。認知症の人の介護を家族だけに任せるのではなく、社会で見守る取り組みがすすんでほしいと思う。
名古屋高裁は、判決の中で、「被控訴人(注)が営む鉄道事業にあっては、専用の軌道上を高速で列車を走行させて旅客等を運送し、そのことで収益を上げているものであるところ、社会の構成員には、幼児や認知症患者のように危険を理解できない者なども含まれており、このような社会的弱者も安全に社会で生活し、安全に鉄道を利用できるように、利用客や交差する道路を通行する踏切等の施設・設備について、人的な面も含めて、一定の安全を確保することが要請されているのであり、鉄道事業者が、公共交通機関の担い手として、その施設及び人員の充実を図って一層の安全の向上に努めるべきことは、その社会的責務でもある」と、鉄道事業者の責務にふれている。
2013年の名古屋地裁の判決に対して、認知症の人の介護をする家族や関係者からは、驚きと不安の声があがり、それに対して社会的な支援の必要を訴える識者の意見も聞かれた。
鉄道事業者も、認知症の人への理解を進め、ホームや踏切の安全対策を検討し進めてほしい。
最後になりましたが、亡くなられた男性のご冥福をお祈りいたします。
≪参考≫
●名古屋高等裁判所判決 平成25年(ネ)第752号 損害賠償請求控訴事件 [原審・名古屋地方裁判所 平成22年(ワ)第819号]
●この事故については、以下に詳しく書かれている。
「踏切事故はなぜなくならないか」 安部誠治編著:高文研発行
p.107~148 「介護ができない―JR東海認知症事故」 銭場裕司(毎日新聞)
≪注≫ JR東海をさす。